加彩十二生肖(続き)

ひつじ話

唐時代 高20─27.5センチ

1955年─1956年陝西省西安唐墓出土 陝西省博物館蔵

史書によれば、「十二生肖」は後漢に始まる。これは12種の動物を十二支に配当したもので、「十二相属」とも呼ばれた。しかし、1975年湖北省雲夢睡虎地11号秦墓出土の竹簡の「子は鼠なり」「丑は牛なり……」の記事によれば、十二生肖の説はずっとさかのぼり戦国時代にすでに存在したことになる。

「中国陶俑の美」展カタログ

以前ご紹介したことのある、加彩十二生肖像の別バージョンを。

十二支と動物の対応を前提とした記事は、「論衡」が最初だとずっと思いこんでたんですが、違うんですか!?

記事を読む   加彩十二生肖(続き)

ヤコポ・バッサーノ 「春」

ひつじ話

「ボルゲーゼ美術館展」カタログ

16世紀イタリア、ヤコポ・バッサーノの「春」を。

ヤコポ・バッサーノは、これまでにいくつかをご紹介しています。こちらでぜひ。

記事を読む   ヤコポ・バッサーノ 「春」

十二支図三所物。

ひつじ話

赤銅・金 十二支図三所物(みところもの) 後藤光孝

「アニマルランド 東アジアの美術に見る動物表現」展カタログ

18世紀の刀装具を。

後藤家十三代の光孝(延乗)による三所物(小柄、笄、目貫)。小柄に、午や申とともに未があしらわれています。東京国立博物館蔵。

記事を読む   十二支図三所物。

ヒツジの表情を読む分析ツール。

ひつじ話

野原で草を食んでいるヒツジは穏やかそうに見えるかもしれないが、その顔つきから多くのことが分かる可能性があるとする英科学者チームの研究報告が発表された。

チームは、ヒツジが痛みを抱えているのか、それとも単に悲しく感じているだけなのかを解き明かすための分析ツールを開発したという。

(略)

研究チームは今後、この手法をウマ、ウサギ、一部のげっ歯類などを含む他の動物種に拡張したいと考えている。

また飼育施設の中にカメラを設置することで、農場経営者らが外傷や病気を早期に発見し、最適な治療法を施す上で、このテストが助けになることにも期待を寄せている。

AFP BBNEWS 2017年06月02日付記事

ak様から、英ケンブリッジ大学の研究チームによるヒツジの表情分析ツール開発のニュースを教えていただきました。ありがとうございます。

痛がっている子を速やかに見分けられるようになるのは、動物を飼う人間にとって、本当にありがたいことです。研究の進展を期待します。

記事を読む   ヒツジの表情を読む分析ツール。

中国の青銅羊。

ひつじ話

青銅 羊 三国─南北朝時代 高5.3 和泉市久保惣記念美術館

「アニマルランド 東アジアの美術に見る動物表現」展カタログ

三国から南北朝時代の青銅の羊です。副葬品であろうとのこと。おっとりした感じが良いです。

記事を読む   中国の青銅羊。

カレル・チャペック 「ユライ・チュプのバラード」

ひつじ話

明け方近くになって酒場の表に出ると外はものすごい寒さで、雪がぱりんぱりんに凍り、ガラスがぶつかり合うかのような鈴の音をたてるほどでした。

するとどうです、そのけちな安酒場の前には例のウクライナ人がカルパチア山麓人特有の民族衣装の白いズボンに白い雪ぐつをはき、白い羊の毛皮にくるまって立っていました。

(略)

こうして、やがて村長はわたしたちをふたたび自分の住まいへ招きました。

すると、そこには、すでに毛皮を着た十一人の男たちが集まっていました─この羊の毛皮がどんなに臭うか、みなさん方にはとても想像できないでしょうよ。

ですから、そこにはなんとなく陰鬱で、旧約聖書の世界を思わせる古色蒼然とした厳粛な雰囲気が支配していました。

「ありふれた殺人─カレル・チャペック短編集3」

 

カレル・チャペックの短編集から。

山奥の寒村から吹雪をおして憲兵のもとへ現れた男は、自らを殺人犯と名乗ります。命をかけた自首の意味するものはなんだったのか。

カレル・チャペックは、以前、「オランダ絵図」をご紹介しています。ご参考にぜひ。

記事を読む   カレル・チャペッ ...

ジャン=ルイ・ド・マルヌ 「水車小屋」

ひつじ話

「馬 華麗なる友 馬と人間の美術史」展カタログ

18世紀の動物画家、ジャン=ルイ・ド・マルヌの「水車小屋」を。

記事を読む   ジャン=ルイ・ド ...

おかざき世界子ども美術博物館、「木のどうぶつたち」展。

ひつじ話

愛知県岡崎市、おかざき世界子ども美術博物館まで、彫刻展を見に行ってまいりました。

 

この展覧会では、「生きる」をテーマに、はしもとみおさんが一本の丸太から生み出した、今にも動き出しそうなほど本物そっくりの動物たちが大集合します。

期間 平成29年4月22日(土)─6月25日(日)

休館日 毎週月曜日

開館時間 9時─17時(入館は16時30分まで)

岡崎市公式HP おかざき世界子ども美術博物館

内 はしもとみお彫刻の世界展 木のどうぶつたち

写真撮影可とのことで、もう大喜び。等身大の子ヒツジさんを撮りまくってきましたとも。

触っても良い作品も置かれていたのですが、こちらの子ヒツジは禁止。じっと眺めていると、毛皮のもこもこした質感があまりにみごとなので、そのうち鳴くか動くかするんじゃないかと、おかしな想像をしてしまいました。

心に残る展覧会です。ぜひ。

記事を読む   おかざき世界子ど ...

椿椿山 「十二支図帖」(部分)

ひつじ話

「渡辺崋山・椿椿山が描く花・鳥・動物の美」展カタログ

以前十二支図をご紹介した渡辺崋山の弟子に当たる、椿椿山の同じく十二支図を。

記事を読む   椿椿山 「十二支図帖」(部分)

「魏志倭人伝」

ひつじ話

禾稲(かとう)・紵麻(ちょま)を種(う)え、蚕桑(さんそう)緝績(しゅうせき)し、細紵(さいちょ)・縑緜(けんめん)を出だす。

その地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲(じゃく)なし。

兵は矛・楯・木弓を用う。木弓は下を短く上を長くし、竹箭(ちくせん)はあるいは鉄鏃、あるいは骨鏃なり。

現代語訳

いね・いちび・麻をうえ、蚕をかい、糸をつむぎ、細紵(いちび、ほそあさの布)・縑(かとりぎぬ・きぬ)・綿を生産する。
その地には牛・馬・虎・豹・羊・鵲(こまがらす・かささぎ)はいない。
兵器には矛・楯・木弓をもちいる。木弓は下を短く上を長くし、竹の矢は、あるいは鉄のやじり、あるいは骨のやじりである。

明治のイザベラ・バードや幕末のオールコック、安土桃山時代のヴァリニャーノなどによる日本見聞記を見ているうちに、
最古の日本伝である魏志倭人伝にもヒツジへの言及があったような気がして、ページを繰ってみました。
ああ、あるある。牛馬虎豹鵲と並んでます。「いない」ことが特記される基準が、わかるようなわからないような。

記事を読む   「魏志倭人伝」

『唐詩選』より、「水鼓子」。

ひつじ話

雕弓(ちょうきゅう)白羽 猟して初めて回(かえ)れば

薄夜 牛羊 復た下り来る

夢水(ぼうすい)河辺 青草合し

黒山(こくざん)峰外 陣雲開く

美しく塗った弓、白い矢羽根の矢をたばさみ、いましも猟から帰って来れば、
夕闇はあたりを包んで、牛も羊もねぐらへと、丘の上から下りて来る。
夢水の川辺には青草が一面に茂り、
黒山の峰のかなたには、戦雲も散り去った。

唐代の漢詩を。張子容の作に擬される「水鼓子」です。
同時代の漢詩は、李白を時々ご紹介しております。こちらでぜひ。

記事を読む   『唐詩選』より、「水鼓子」。

『苗族民話集』より、「ラール山の白ヒツジ」

ひつじ話

ある日、ひとりの天女がラール山の上を通りかかった。
ふと下をみると、ミャオ族の村々では、ニワトリ、アヒル、ウシなどを飼っているのに、なぜかヒツジだけは一頭も見あたらない。
そこで、産土神を呼んで尋ねてみた。産土のいうことに、
「そりゃ、ラール山があんまり高くてけわしいでのう、ヒツジがようのぼらぬ、それだけのことですわい」

こう聞いた天女、ついと手をのばして浮雲をつかみ、鋏で子ヒツジの形にきりぬいた。
それをふところに入れてあたためる。
と思うまに、めぇーめぇー、ヒツジは鳴き声をあげた。
天女がそっと手をはなすと、白い子ヒツジは二頭ならんでフワリフワリと空にただよい、やがてラール山へとおりたった。

(略)

おとなになった二頭のヒツジは、朝日がのぼるごとに、あたり一面に、羊毛を雪のように舞わせた。
はじめ村人は冬毛がおちるのだと思った。
ところが、ひろって見てみると、家ではなくて、なんと銀だった。

先日の「中国昔話集」に続いて、「苗族民話集」を読んでみました。
天女から贈られたヒツジは村人たちに富をもたらしましたが、富は麓からトラブルをも呼び寄せてしまいます。村人とヒツジは、対抗してたたかうのですが……?

記事を読む   『苗族民話集』よ ...

イザベラ・バード 「日本奥地紀行」

ひつじ話

東京との間に蒸気船が通行しているある村のところで別の川[渡良瀬川]を渡舟で渡り終えると、あたりの風景はいっそうすばらしくなった。
(略)
動物を搾乳や運搬のために、あるいは食肉用としても利用することはないし、草地も皆無である。
それで、田園も農家の庭もこの上なく静かで、まるで死んだようである。
貧弱な一匹の犬とわずかな鶏だけが各家で飼う動物や家禽を代表しているかのようである。
私はモーモーという牛の鳴き声やメーメーという羊の鳴き声が恋しくなってくる。

(略)

道は[阿賀川の]峡谷を眼下に見ながら山裾を縫うように続いていた。
川の対岸には灰色のすばらしい崖が展開し、その先に金色の夕陽に包まれて紫色に染まる会津の巨大な峰々からなる壮大な風景が見えた。
複数の寺院の青銅の鐘の、哀調を帯びた心地よい音が静寂にたゆたい、このような牧歌的な地域に一層ふさわしいはずの牛の声と羊の声がないこと[その声を聞きたいという思い]を忘れさせてくれた。

オールコック「大君の都」アンベール「続・絵で見る幕末日本」「ゴンチャローフ日本渡航記」など、幕末の西洋人による日本見聞記をいくつかご紹介したことがあるのですが、
こちらはやや時代が進んで、明治11年の日本を旅した英国人旅行家、イザベラ・バードの「日本奥地紀行」です。
牛と羊が鳴かないと静かすぎて寂しい、というのは、わかるようなわからないような感覚です。
訳注によると、この表現は、旧約聖書サムエル記上15章にある、
「それならば、わたしの耳にはいる、この羊の声と、わたしの聞く牛の声は、いったい、なんですか」
という一文を意識したものとのことなので、あるいはキリスト教圏を遠く離れた場所を旅する寂しさなのかもしれません。

なお、ヴィクトリア朝の女性旅行家としては、バードの他にマリアンヌ・ノースをご紹介しています。ご参考にぜひ。

記事を読む   イザベラ・バード ...

『中国昔話集』より、「ほら吹き」

ひつじ話

昔、妻と一人娘がいるお百姓がいた。
(略)
やがて、頭のいい男に娘を嫁がせた。
この男もお百姓だったが、とてもずる賢かったし、時々人に悪ふざけがしたくなるたちでもあった。

(略)

こうして、さらに何回か婿にだまされた。
最後の場合には、婿が羊を二十頭ばかり買ってよそから帰ってきたところへお百姓が来合わせ、たくさんの羊を見て婿に訊いた。「この羊はどこから手に入れたんだい」
婿が「五つの海の龍王がくれたんですよ」と答えると、お百姓は金持ちになるために自分でも欲しくなった。
そこで婿に羊をもらいに自分と一緒に行くよう言いつけた。
二人は海辺へ行った。
今度も婿はもうある計略を練ってあった。
婿はお百姓をかめに入れ、自分は桶に入って、海に乗り出した。
そして自分は桶をたたきながら、お百姓にもかめをたたけと言った。
二人はたたきながらこう唱えた。
「桶、桶、かめ
五つの海の龍王さま
羊をちょっと分けとくれ」
さらに婿が、「お父さん、もう少し強くたたいて」と言うと、この愚か者も力いっぱいたたいたものだから、カキーンと音がしてかめが割れた。

「中国昔話集」から、もうひとつ。
以前ご紹介した、ナスレディン=ホジャバラガンサンティル・オイレンシュピーゲルの仲間のように見えますが、さて。

記事を読む   『中国昔話集』より、「ほら吹き」

月岡芳年 「和漢獣物大合戦之図」

ひつじ話

kemonokassen170208.jpg

月岡芳年の「和漢獣物大合戦之図」の一部分を。
幕末に描かれたこの作品では、動物になぞらえた日本軍と外国軍とおぼしきものたちが戦うさまが描かれています。その外国軍のひとりに、羊のような何者かが。

芳年の師匠にあたる歌川国芳については、時々お話しています。こちらでぜひ。

記事を読む   月岡芳年 「和漢獣物大合戦之図」

PAGE TOP