「司母辛」兕觥(「しぼしん」じこう 酒を注ぐ器 青銅製)

ひつじ話

「司母辛」兕觥
商時代 後期
高36? 長46.5? 重8.5?
1976年河南省安陽市殷墟5号墓出土
中国社会科学院考古研究所蔵
幅の広い注口、扁平で長い体、四足、牛頭の取っ手。注口の先端に小さな孔がある。前肢は馬の足に似て、外側に龍文を飾る。後肢は鳥の足に似て、太くたくましく、羽毛文を飾る。 (略) 蓋の先端は馬頭に作られ、小さな耳が斜めにつき、巻いた角は羊の角のようである。角の後ろに魚頭を鋳出する。

 「黄河文明展」(1986年、名古屋市博物館)図録 

いろいろな生き物が混ざっているわけですが、巻き角ひとつで、どうにもひつじに見えてしまいます。

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修羊公

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修羊公
修羊公は魏の人であった。華陰山上の石室の中に住んでいた。 (略) 景帝はこれを礼遇して王族の邸に住まわせた。数年たっても、どんな術があるのか、さっぱりつかめない。ご下問があって、「修羊公には、いつになれば技倆をお示しになられるのか」というと、言いも終らぬうちに、寝台の上で化して白い石の羊になってしまった。そして、脇腹には「修羊公、天子に謝す」と書かれてあった。
その後、石の羊を霊台の上に安置しておいたところ、羊はのちにどこかへ去って、所在が知れなくなった。

左慈につづいて、羊に化ける仙人を。
なんかこう、仙人というのは、基本的に困った人たちなのでしょうか。すごく楽しそうではあるのですが。

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灰陶のひつじ

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灰陶 柵の中の羊
後漢時代
柵直径24? 羊高14、14.5?
1957年河南省三門峡市出土
河南省博物館蔵
円形の柵の中に緬羊が2匹いる。口をかすかにあけ鳴いているようである。

 「黄河文明展」(1986年、名古屋市博物館)図録 

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コォツウォルド・ウール

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コォツウォルド
中世期、このウールは細く、長く、カールして光沢があり、人々に大変人気がありました。さらにこの羊は、コォツウォルド・ライオンとまでいわれるほど、体格が良く、イングリッシュ種の中では一番大きな羊です。 (略) このウールの生産性に一早く目をつけたのがフィレンツェ人です。彼らは毎年、コォツウォルドに来てはウールを買い占め、その上、そのウールで作った布を売っていきました。十五世紀になると羊までも輸出されるようになり、国政救済のため、ヘンリー六世は、「王の許可がない限り羊の輸出を禁ずる」という法律を作りました。このウールがいかに国の経済を担っていたか・・・それは、英国が手に入れた富のシンボルとして、今でも議会の上院議長席を、「ザ・ウールサック」と呼び、その椅子の中には、未だにコォツウォルド・ウールを詰めているということからもうかがい知ることができます。

スペインにメリノ種あれば、英国にコォツウォルド種あり、ということで。

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セガンティーニのひつじ船

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同じ年(1883年)、セガンティーニはアムステルダムの万国博覧会に《湖を渡るアヴェマリア》を出品し、金メダルを獲得した。小舟に子供を抱いた女と、船をあやつる男が、羊をこぼれるばかりに乗せて、鏡のような湖水に浮かんでいるところを描いた絵だ。後年描かれた同じ題名の絵がセガンティーニ美術館に収蔵されている。

湖を渡るアヴェマリア
夕日に映える湖を行く羊飼いの一家を描いた《湖を渡るアヴェマリア》(1886年)。夕べの祈りを捧げる3人の親子の姿は聖家族を思わせる。このころからセガンティーニの名はヨーロッパ各地で知られるようになったが、彼は名声に満足することなくサヴォニンを捨て、さらなる高地を目指す
湖を渡るアヴェマリア(部分)

乗せすぎです。
以前「アルプスの真昼」を紹介したセガンティーニ。
イタリア生まれですがスイス・アルプスに移り住み、羊や牛のいる風景画をたくさん描いています。

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羊に化けた仙人、左慈

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左慈、字は元放、廬江の人であった。 (略) 石室の中より「九丹金液経」を入手して、さまざまに変化できること、数えきれないほどであった。 魏の曹公がこれを聞いて召し出し、(略)これを殺そうと考えた。 (略) 左慈は逃げて羊の群に紛れこんだので、捕方のものには見分けがつかない。そこで、元いた羊から数えていくと、やっぱり一頭が残ったので、左慈が羊に化けたものであることが判明した。捕方は、主人の意向は先生にお目にかかりたいというだけであるから、暫時ご帰還になっても心配ご無用と告げた。と、突然に大きな羊が進み出て跪き、「そんなはずがあるものか」といった。捕方は「この跪いた羊が左慈だ」と言いあって、これを捕えようとすると、羊の群が悉く捕方に向かって、「そんなはずがあるものか」といったので、捕方は、またもや左慈の所在がわからなくなり、とうとう捕えるのは止めにした。

左慈は、後漢末に現れて、魏の曹操や呉の孫策を翻弄したと伝えられる怪しい仙人です。
なにがあったのか、PS2のアクションゲーム「真・三國無双 4」の隠しキャラです。英雄たちが翻弄されてます。タチの悪そうな顔つきが良い感じ。羊、出ませんけど。
「真・三國無双4」武将事典の左慈

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とんぼ玉 芯巻人頭玉 羊頭玉

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とんぼ玉 羊頭玉
芯巻人頭玉は、前7?前1世紀のフェニキア・レヴァントで製作され、カルタゴなど地中海沿岸のフェニキア都市国家や、遠くはボスフォラス王国など黒海北岸のギリシア系植民都市にまでもたらされた。有髭の人頭玉だけでなく、羊頭玉やヒヒ玉などもある。技法は前記と同様で、芯巻のガラスにあらかじめつくっておいた髭・眉・鼻・眼・髪などといったさまざまの部分を貼り付けたものである。

とんぼ玉というのは、ガラスでつくった小さな飾り玉のこと。
こちらの羊頭玉は紀元前5世紀のもの(らしい)です。
羽原コレクション蔵とありますので、KOBEとんぼ玉ミュージアムあたりにいくと現物があるかもしれません(未確認)。

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青磁鉄斑文羊(せいじてっぱんもんひつじ)

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「青磁鉄斑文羊」(せいじてっぱんもんひつじ、越州窯、東晋)
 後漢(25?220)から魏晋南北朝(220?589)を通じて青磁の生産は江西省中部や湖南省北部などの華南内陸部にも広がり、従来からの産地である江南も含めた地域で、蛙形盂(西晋?東晋、長さ約9.5cm)や鉄斑文羊(東晋、長さ約14cm)をはじめ虎、犬や豚、鶏の頭などをかたどった容器、建物を模した鶏舎、豚舎などの墓に納める様々な明器が作られたようです。黄味を帯びた緑色のこれらの品々は日本では古越磁と呼ばれ、多くの陶磁器ファンに愛されてきました。黄河流域の華北でも5世紀末から6世紀初頭の北魏時代ごろから、青磁の生産が始まったようですが、窯址は未発見。6世紀以降には河北・河南・山東・安徽の各省へと生産地が拡大したようで、古越磁に比べて色調が淡く、蓮弁を貼り付け文様で表した各種の壺などが、北魏から北斉にかけての華北一帯の墓から出土しています。

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聖アポリナリスとひつじたち

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聖アポリナリスのモザイク
六日の後、イエスは、ただペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。ところが、彼らの目の前でイエスの姿が変わり、その衣は真白く輝き、どんな布さらしでも、それほどに白くすることはできないくらいになった。

 マルコによる福音書 第9章より 

ラヴェンナにある、聖アポリナリスの記念教会堂、サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂モザイク。 マルコによる福音書などに描かれる、「キリストの変容」のシーンとされています。上部の十字架がキリスト、3匹のひつじがペテロ、ヤコブ、ヨハネの三使徒。下部は、中央の聖アポリナリスとともに、信徒たちが12匹。

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準回両部平定得勝図(部分)

ひつじ話

準回両部平定得勝図(部分)
一世紀以上にわたって清と互角に張り合ったのが、ジュンガル王国(準部)である。ジュンガル王国の版図は最大の時、今の新疆ウイグル自治区とモンゴル共和国と、カザフスタン共和国、キルギス共和国のそれぞれ一部を合わせた大きさがあり、清帝国に迫る勢いだった。 (略) この版画はジュンガル滅亡後、乾隆帝が宮廷宣教師に描かせ、フランスで版画に作らせたものだ。

ジュンガルの歴史などは、こちらで。遊牧民の戦いなので、ひつじがわらわらしてます。

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モンゴルフィエ兄弟の気球

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人類がとうとう空中に浮かぶことに成功したのは、(略)十八世紀の末のことで、フランス人モンゴルフィエ兄弟が気球によって果たしたものである。(略)
1760年代に、空気より軽い気体である水素が初めて分離される。モンゴルフィエ兄弟も、最初は水素ガスを使った実験を試みたのであったが不成功に終わった。
1783年6月、兄弟は、新しいガスを使った無人気球の実験を行った。この新ガスは、湿ったワラと羊毛を混ぜて燃やしたもので、まっ黒な煙であった。この煙をつめこんだ気球は高度1950メートルまで昇り、実験は大成功であった。 この黒い煙は「モンゴルフィエのガス」と呼ばれ評判になるのだが、後になって、気球が浮かんだのは、熱せられて軽くなった空気によるものだということがわかった。すなわち、現在もさかんな熱気球だったのである。
ともあれ、モンゴルフィエ兄弟は、この実験の後、動物をのせた実験にも成功し、同じ年の11月には、とうとう有人飛行を試みることになった。二人の乗員をのせた気球は、ブローニュの森から25分間飛び、約9キロメートル離れた地点に着陸した。人類がついに空を飛んだのである。

モンゴルフィエ兄弟については、こちらを。 なお、この「動物をのせた実験」の動物たちの中に、ひつじがいます。なんでそんな重そうな生き物を・・・。

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ひつじと動物たちの故事成語

ひつじ話

「羊頭狗肉」
これは「羊頭を懸げて狗肉を売る」というのが正しく、狗肉はむろん、犬の肉のことである。 (略) これは中国でも、むかしは「牛首を門にかけて、馬肉を内に売る」という成句であったのが、いつしか「羊頭をかかげて、馬脯(馬のほし肉)を売る」に変わり、やがて狗肉になってしまったのだそうだ。中国では、牛肉や羊肉を売る店で、牛や羊の頭をそのまま看板がわりに店頭に飾って、何を売っているかを一目でわかるようにしていた。 
「羊を失いて牛を得る」
「淮南子」の説山訓に、「羊を失いて牛を得る」という言葉が見える。「損して得とれ」とか、小を失って大を得たという意味である。牛はその肉だけていっても、大きいことからいってもヒツジより値打ちが上だったのである。
「群羊の中の猛虎の如く」
―といえば、例の「獅子奮迅」の勢いで、バッタバッタと斬りまくるようなさまをいう。が、それと逆に「群羊を駆って猛虎を攻む」というたとえもあった。 (略) 「史記」にあるこの言葉は、 ―それ従をなす者は、以て群羊を駆りて猛虎を攻むるに異ならず、虎と羊とは格せずして明けし、今、王、猛虎に与せずして、而して群羊に与す、臣ひそかに思えらく、大王の計あやまてり、と。 というのであって、弱小国をたくさん糾合して、強大国を攻めてもだめだといっているのだ。

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シント・ヤンスの「荒野の洗礼者ヨハネ」

ひつじ話

シント・ヤンス「荒野の洗礼者ヨハネ」

15世紀末、初期フランドル派の画家のひとりであるヘールトヘン・トット・シント・ヤンスの「荒野の洗礼者ヨハネ」です。メランコリアのポーズが特徴。同時代の画家にヒエロニムス・ボス。ちょっと感じが似てるかもしれません。

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ひつじの子育て

ひつじ話

ヒツジのお母さんは子育ての優等生です
赤ちゃんが生まれると、お母さんはそれは大事そうに赤ちゃんの体をなめまわします。これはとても大切なことで、このときに母親ヒツジは赤ちゃんヒツジの匂いや肛門周囲の分泌物の味を覚え、自分の赤ちゃんをしっかりと認識するのです。これは生後、比較的短期間のうちになされるのですが、この認識ができないと赤ちゃんにとっては死につながる悲劇が起きます。お母さんが赤ちゃんを拒否するのです。  その拒絶は激しいもので、ミルクを欲しがって寄ってくる赤ちゃんを嫌って逃げようとするだけではなく、ひどいときには足で蹴ったり、頭突きをしたり、角で突き上げたりして、決して受け入れようとはしません。受け入れられない赤ちゃんは衰弱し、死亡します。  しかし、いったん母子間のつながりができあがってしまうと、その結びつきはとても強固なものになります。赤ちゃんさえ捕まえておけば母親をどこへでも誘導できるほどです。今から一万年前にヒツジは家畜化されたといわれていますが、一番はじめはおそらくこんなふうにして捕まえられた母子から飼育がはじまったのではないかと考えられます。

これ・・・ですね。ぶらーんと。

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チベット観光での要注意事項

ひつじ話

青蔵鉄道の開通にともなって、チベット観光もブームとなると見られている。さて、この神秘的でユニークな高原への旅立ちの前に、まずいつくかの要注意事項を頭に入れておかなければならない。
礼儀の面での要注意事項
 お寺への観光は、チベット文化に触れるうえでの欠かせないもの。チベット仏教の習俗では、仏像を拝むことやお寺に詣でるときは、必ず右回りに歩くことになっている。ところが、苯教というチベットの原始的な宗教のしきたりでは、「転経」(経文を書いた筒状のものを回しながら寺院の回廊を回る)の際には、必ず左回りに歩かなければならない。
 観光客たちは、お寺に詣でる前に、ニンニクを食べることは禁物。「お寺が火災になっても、ニンニクを食べた人をも中に入れない」と言われているように、チベットの宗教の慣習では、ニンニクは絶対の禁物である。
 観光客たちは、帽子をかぶらないで仏殿に入ったほうが礼儀正しいと思われる。許可がなければ、写真を撮ったり、録画をしたりしてはならない。
 チベットでは、「転経」をしているお年寄りたちの後に、赤いリボンで飾られているヒツジがついている光景をよく目にすることがある。これらのヒツジは「供養のためのヒツジ」と呼ばれ、その邪魔をすることは禁物である。

特別扱いなのは、人間よりも偉いからなのか、供物だからなのか詳細が分かりません。
もうすこし調べてみます……。

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