マルコ・ポーロ「東方見聞録」(続き)

ひつじ話

チパング諸島に住む偶像教徒は、マンジやカタイの偶像教徒と同じ系統に属しており、その奉ずる所も同様に、牛・豚・犬・羊その他の動物の頭をした偶像である。
一頭にして四面の偶像もあれば、本来の首に加えて両肩の上にもう一つずつの首をそなえた三頭の偶像もある。
腕が四本もしくは十本・千本もある偶像すらあって、特に千手を具した偶像は最高の地位を占める。

以前、マルコ・ポーロの「東方見聞録」に出てくる巨大ヒツジのお話をしたことがあるのですが、さて、では我らがジパングについては、ヒツジ関係でなにか言ってくれてはいないものかと確認してみましたら、こんな記述がありました。
「三頭」や「千手」については千手観音などを連想すれば良いかと思うのですが、「動物の頭をした偶像」というのがわかりません。
十二生肖の像が近いような気もしますが、さて。

記事を読む   マルコ・ポーロ「 ...

島田元旦「黄初平図」(続き)

ひつじ話

江戸時代の羊図は、十二支図や動物図鑑として伝わったものを参考に描かれたものが少なくない。
しかし、1817年(文化14)には、巣鴨の薬園で幕府による日本初の緬羊飼育が行われたことなどから、絵師の中には実物を見たことのある者もいたと考えられる。
(略)
原本はおそらく羊飼いをテーマとした銅板だが、そのためか羊がとても可愛らしい。
江戸生まれの元旦は谷文晁の弟で、のちに島田家の養子となった。
緬羊飼育の責任者だった渋江長伯を隊長とした蝦夷地調査にも加わり、アイヌ絵を描いたことでも知られている。

江戸期のヒツジの微妙な立ち位置についてはわりとよくお話しているのですが、そちらに関連して。
以前ご紹介した島田元旦「黄初平図」ですが、実物を見て描いた可能性が示唆されています。
渋江長伯の巣鴨の薬園についてはこちら、画題の「黄初平」についてはこちらをご参考にぜひ。

記事を読む   島田元旦「黄初平図」(続き)

「山海経」の脂肪尾羊。

ひつじ話

郭璞は大月氏国には驢馬ほどもある大形の羊がおり、尾は馬の尾に似ているといっている。
カンヨウとは西アジア・中央アジアに分布していたいわゆる太尾羊のことであろう。
この種の羊は尾の付け根の両側に相当量の脂肪の塊があり、その臀部の脂肉を切り取り、それで乾肉を作るとともに、その切り口を縫合しておくと、また臀部の脂肉が旧に復するという。
カンヨウはいわば取っても取ってもいっこうに減らない脂肉の貯蔵庫だというわけである。(榎一雄「大月氏の太尾羊について」)。
銭来山麓の人びとは、セキ、つまり、厳寒時に手足に生じた皹・あかぎれなどを治すために、カンヨウの脂肉を手足に塗ったのである。

先日、「遊仙詩」をご紹介した郭璞ですが、むしろこの人物は「山海経」の注釈者としてのほうが有名なのではと気が付きまして、羊に似た怪異についてなにか言っているのではないかと解説書を開いてみましたら、ありましたありました。
以前にお話したことのある「シンヨウ」(こちらの本では「カンヨウ」になってますが、同じものかと)は、実在の脂肪尾羊と関連させて考察することが可能なようです。

記事を読む   「山海経」の脂肪尾羊。

郭璞 「遊仙詩」

ひつじ話

京華遊俠窟    京華(けいか)は遊侠の窟、
山林隱遯棲    山林は隠遯の棲。
朱門何足榮    朱門 何ぞ栄とするに足らん、
未若託蓬萊    未だ蓬莱に託するに若かず。
臨源挹清波    源に臨んで清波を挹(く)み、
陵崗掇丹荑    崗に陵(のぼ)って丹荑(たんてい)を掇(と)る。
靈谿可潛盤    霊谿(れいけい) 潜盤(せんばん)す可し、
安事登雲梯    安んぞ雲梯に登るを事とせん。
漆園有傲吏    漆園に傲吏(ごうり)有り、
萊氏有逸妻    莱氏に逸妻有り。
進則保龍見    進めば則ち竜見を保てども、
退為觸藩羝    退いては藩(かき)に触るる羝(ひつじ)と為る。
高蹈風塵外    風塵の外に高踏し、
長揖謝夷齊    長揖して夷齊(いせい)に謝せん。

晋代の文学者郭璞による「遊仙詩」を。
世俗を捨てて仙境に隠遁したい、といった内容ですが、その中に「いったん疎んぜられたら、そのとき隠退しようとしても、もはや身動きできないのだ。」(同書解説より)という意味で、以前お話した「易経」の「触藩羝」の語が使われています。

記事を読む   郭璞 「遊仙詩」

オールコック 「大君の都」

ひつじ話

牛肉と羊肉をすこしも食べないでいると、イギリス人の体質はいつか重大な支障をきたすにちがいない。
われわれは海外にきわめて多くの属領を有する小さな島国の国民であるがゆえに、当然はるかなる東洋の土に派遣されて、長いあいだ故郷とのいっさいのつながりを断たれ、流刑にも似た状態におかれるようなこともありうるというふうに考えるように育てられている。
年々何千、何万という人びとを両親のもとから巣立たせる仮借なき必然に、われわれがなんと冷静にしたがっていることか、そして知友や親戚とも離れ、社会的・知的な交際を奪われても、いかに耐え忍んでゆくことか、じつに驚くべきものがある。
ところで、読者は、何ヶ月ないし何年にもわたって牛肉や羊肉を味わえないということがどんなものであるかを、切実に感じたことがあるかどうか。
そういう目にあったことのない人びとには、このような状態のもとではとうてい健全な精神を保持することは不可能だといいたい。

先日のアンベール「続・絵で見る幕末日本」に続いて、幕末の西洋人による日本見聞記をもうひとつ。ラザフォード・オールコックの「大君の都」です。食生活が思うに任せないことについて苦しんでいるようですが、その、そこまで……?

記事を読む   オールコック 「大君の都」

19世紀フランスのファッション。

ひつじ話

男性が刺繍、レース、羽飾り、短ズボン(キュロット)、派手な色の布地、尾錠、宝石などを財産の多少を問わずあらゆる身分の人間に入手可能なフロックコートに取り替えて節約と平等のために犠牲を払っている間、つまり長い歳月にわたって男性のいろいろな自己犠牲が進行する間、きかぬ気の我が美しき伴侶たちは明けても暮れても衣装を替えては喜んでいる。
ギリシア風からトルコ風、中国風からマリー・スチュワート風にメディチ風、あるいはワトーの絵の羊飼女風からルイ十五世時代の侯爵夫人風などと。

19世紀フランスにおける、ブルジョワジーの衣服の変遷について語る「衣服のアルケオロジー」から。「ワトーの羊飼女風」ファッションが、当時の女性たちのあいだで流行したのでしょうか。

記事を読む   19世紀フランスのファッション。

京都市美術館 「ルーヴル美術館展」

ひつじ話

京都の岡崎公園内にある京都市美術館まで、ルーヴル美術館展を見に行ってまいりました。
kyoutosibi150727.jpg
地下鉄東山駅を降りてお土産物屋さんなど冷やかしつつ、てくてくと十分ほど。大きすぎないところが風景になじんで美しい、帝冠様式の建物が見えれば、それが京都市美術館です。
こちらの展覧会では、以前ご紹介したことのあるジャン・オノレ・フラゴナール「嵐」が、「《嵐》、または《ぬかるみにはまった荷車》」として展示されています。

ルーヴル美術館展 日常を描く─風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄
会期 2015年6月16日(火)─9月27日(日)
会場 京都市美術館
開館時間 AM9:00─PM5:00(ただし入場はPM4:30まで)
休館日 月曜日(祝日の場合は開館)

また、フラゴナールのほか、ジョバンニ・パオロ・パニーニの「神殿から追い出される商人たち」などで、ヒツジが描かれている絵画を見ることができました。
ご縁があれば、京都まで、ぜひ。

記事を読む   京都市美術館 「 ...

「パリ風俗史」

ひつじ話

昨今は、猫も杓子も、自分の毛を他人の毛で隠している。
宮廷人はむき出しの頭で君前に伺候して風邪を引いたり熱を出したりしないように、禿は脱毛症を隠すために、赤毛は自毛の色を隠すために、白癬病みは持病を隠すために。
かつらにはありとあらゆる種類がある。
丸いのもあれば、四角いの、とがったの、フランス風、マルチーズ風、羊風のもあるし、表裏使用可能なもの、一本巻き毛や二本巻き毛のもあり、なかには1000エキュもするのもある。
ヘアディザイナーのビュレは、半切サイズのかつらを考案した。

アンドレ・ヴァルノの『パリ風俗史』より、「17世紀」の章から。羊風かつら!?

記事を読む   「パリ風俗史」

アンベール 「続・絵で見る幕末日本」

ひつじ話

別の所では、さまざまな動物を檻に入れて売っている。
中でも目につくのは、蝦夷の子熊とか、非常に醜いが、きわめて高価なスパニエル犬とか、芸を仕込んだ猿とか、ごくありきたりの野羊とか、といった動物がいる。
注目すべきは、日本のような国では放牧用の土地が耕作のために取られてしまい、反芻動物はすべて贅沢品となっていることである。
ただし、水牛は除外例で、これは稲田の仕事には欠くべからざるものだからである。

修好通商条約を結ぶために幕末の日本にやってきた、スイス人エメェ・アンベールの見聞記です。引用は、浅草の祭りを描いた一章から。
江戸期の見世物はヒツジが人気だったらしい、というお話はときどきしているのですが、西洋人の目にはそれがこういうふうに映ったのですね。
幕末の日本見聞記としては、ほかに「ゴンチャローフ日本渡航記」をご紹介しています。

記事を読む   アンベール 「続 ...

「牧畜の食」としての乳加工食品

ひつじ話

「牧畜の食」として、肉とは別に、乳加工食品がある。そして、それは搾乳を前提としている。
(略)
乳メスは、実子以外のものが乳房を吸おうとも、乳腺が開かない。ましてや、人がやにわに乳房をとらえて、しぼっても、近代の改良牛以前では、乳が出ないのである。
「牧畜の食」の重要な要素をなす乳製品は、家畜化の開始とともに、ただちにもたらされたものではない。
(略)
ところが、紀元前5000年紀を境に、消費動物遺骨のなかで、4─5歳以上の個体数が増加しはじめる。まさに乳利用対象として、メスが生かされはじめたからに違いない。
(略)
実子以外の刺激に、乳メスの乳腺は開かないのなら、まず実子をおとりにすればよい。
つまり、実子を近づけ、乳房をふくませ、乳腺が開いたところで、それを引き離し、やにわに搾乳を始めればよい。
(略)
ただこのような技法が、人間の利用のための家畜からの乳の詐取意図をもった人びとによって、ふと思いつかれたという想定には、いくつかの疑問が残る。
異種の動物の乳は臭く、はじめて飲むものには、おいしいと思われないことを、牛乳を飲む習慣のなかったわれわれは知っている。
おまけにそれまで乳を飲む習慣のなかったものが乳を飲むと、乳糖分解酵素の活性の低さから、下痢をおこす。
(略)
最初に家畜の乳を飲んだ人は、少なくとも他の必要からしぼりおかれた家畜の乳が乳酸発酵して、まさにヨーグルトとなったものをたまたま飲むことで、乳の価値をみいだしたとみるのが妥当のように思われる。
ただ、この想定のもとでは、人間の利用のための搾乳以前に、一見ありそうもない〈人の利用を前提としない搾乳〉があったという、仮定をたてなくてはならなくなる。
(略)
実は日帰り放牧がもたらした授乳・哺乳関係の不安定化を補う技法として始められた授乳・哺乳介助の特殊ケースとして、それが行われている。
このようにみてくると、人間の利用を目的とした搾乳以前、利用を前提としない搾乳が、乳メスから哺乳を受けることができない孤児のための人工哺乳として開始されたという想定は、けっして根拠のないものではない。

『講座 食の文化』シリーズの第一巻、「人類の食文化」のうち、谷泰による「牧畜民の食」がたいへんエキサイティングでしたので、要点部分を。

記事を読む   「牧畜の食」としての乳加工食品

アニマルコンセントカバー

ひつじグッズ

動物たちが差込口を守り、
感電事故やホコリ・異物の侵入を防ぎます。

羊の森さまから、赤ちゃんの感電事故を防ぐためのかわいいコンセントカバーを教えていただきました。ありがとうございます。
cover150711.jpg
……買ってしまいました。カラフルだけどほどよい色味で、大人が使っても良さそうなかわいらしさです。

記事を読む   アニマルコンセントカバー

蘇東坡 「和子由踏青」

ひつじ話

和子由踏青  子由(しゆう)の踏青(とうせい)に和す
春風陌上驚微塵   春風 陌上(はくじょう) 微塵(びじん)を驚かし
遊人初楽歳華新   遊人 初めて楽しむ 歳華(さいか)の新たなるを
人閑正好路傍飲   人は閑(かん)にして正に好し 路傍の飲(いん)
麦短未怕遊車輪   麦は短かくして未だ怕れず 遊車の輪(りん)
城中居人厭城郭   城中の居人 城郭に厭(あ)き
喧闐暁出空四隣   喧闐(けんてん)暁に出でて 四隣を空しうす
歌鼓驚山草木動   歌鼓(かこ) 山を驚かして草木動き
箪瓢散野烏鳶馴   箪瓢(たんぴょう) 野に散じて 烏鳶(うえん)馴る
何人聚衆称道人   何人か 衆を聚(あつ)めて 道人と称し
遮道売符色怒瞋   道を遮(さえぎ)り 符を売って 色 怒瞋(どしん)する
宜蚕使汝繭如瓶   蚕(さん)に宜しく 汝の繭をして瓶(かめ)の如くならしむ
宜畜使汝羊如麕   畜(ちく)に宜しく 汝の羊をして麕(きん)の如くならしむと
路人未必信此語   路人は未だ必ずしも此の語を信ぜざるも
強為買服禳新春   強いて為に買い服して 新春を禳(はら)う
道人得銭径沽酒   道人は銭を得て 径(ただ)ちに酒を沽(か)い
酔倒自謂吾符神   酔倒して自ら謂う 吾が符は神なりと
春風が町を吹いて塵が舞い上がる。
道行く人は、年の明けたのを楽しむ。
世間は静かで、野遊びには絶好の時。
麦も短く、野を行く車輪はおかまいなし。
町なかの人は町に飽き、朝からがやがやと、野原へ総出だ。
歌や太鼓が山を驚かして、草木も動きだし、酒盛りの馳走は散らばって、鳥が近づく。
誰だろう、人を集め、「わが輩は道人だ」と、道を遮ってお札を売りつけ、どなっている。
「札を買えば、蚕は上乗、まゆはでかいぞ、家畜も上乗、羊は大鹿のように太るぞ」
村人は、その言葉を信じているわけではないが、言うことを聞いて、買って新年のおはらいをする。
道人は銭を受け取ると、すぐ酒を買い、酔いつぶれて「わしのお札は霊験あらたか」とのたまう。

11世紀、北宋の蘇東坡(蘇軾)を。任地先の鳳翔府で詠われたものです。

記事を読む   蘇東坡 「和子由踏青」

静岡市立日本平動物園、バーバリーシープの赤ちゃん公開中。

ひつじを見にいく

静岡市立日本平動物園(駿河区)で、バーバリシープのオスの赤ちゃんが順調に育っている。
毎日午前11時ごろ、草食獣舎で飼育員が哺乳瓶で授乳する様子を見ることができる。
バーバリシープはウシ科の仲間。
大きな角とあごの下に伸びるふさふさとした毛が特徴で、「タテガミヒツジ」とも呼ばれている。
主な生息地はアフリカ北部の砂漠や岩場など。

2015・7・4 バーバリシープ テン(♂) 生後2ヶ月が経過したので体重測定中止する。BW7.35Kg。
2015・7・3 バーバリシープ テン(♂)が体の小柄な(♂)に角で投げられる。

バーバリーシープ(Ammotragus lervia)は、哺乳綱ウシ目(偶蹄目)ウシ科バーバリシープ属に分類される偶蹄類。
本種のみでバーバリーシープ属を構成する。別名タテガミヒツジ。

K&T様から、静岡市の日本平動物園でバーバリーシープの赤ちゃんが育っているとのニュースをお知らせいただきました。ありがとうございます。
2ヶ月とはまた、可愛い盛りですね。お近くならば、ぜひ。

記事を読む   静岡市立日本平動 ...

柴田是真 「明治宮殿千種之間 天井画下絵」

ひつじ話

hitujigusa150703.jpg
明治21(1888)年に竣工、昭和20(1945)年に戦火で焼失するまで皇居として用いられた「明治宮殿」。
宮殿の千種之間と呼ばれた広間の格天井を彩っていた綴織の下絵と伝えられている。

先日見に行ったヒツジグサがあんまり美しかったので、きっとこの花を描いた美術品があるはずだと探してみたところ、江戸後期から明治にかけて活躍した柴田是真による、「明治宮殿千種之間 天井画下絵」の一枚がヒツジグサでした。
天井画が焼失してしまったことが、心から惜しまれます。

記事を読む   柴田是真 「明治 ...

津島、天王川公園のヒツジグサ。

ひつじ春夏秋冬

先日のラムズイヤーにつづいて、ヒツジの名を持つ植物を。

ヒツジグサ(未草)は、スイレン科スイレン属の水生多年草。
地下茎から茎を伸ばし、水面に葉と花を1つ浮かべる。花の大きさは3─4cm、萼片が4枚、花弁が10枚ほどの白い花を咲かせる。花期は6月─11月。
未の刻(午後2時)頃に花を咲かせることから、ヒツジグサと名付けられたといわれるが、実際は朝から夕方まで花を咲かせる。

小ぶりで純白の花を咲かせる睡蓮の一種なのですが、これが以前訪れた津島市の天王川公園で見頃を迎えていると知って、お出かけしてまいりました。

津島市公式HP 内 天王川公園

tusima150630.jpg
華麗な祭礼や藤の花で知られる天王川公園も、オフシーズンは閑散としています。
とりあえず、銅像越しに池の写真を一枚。
tusima150630no2.jpg
この池の中之島へ渡る橋のあたりに咲いているはずですが……おお、これですね。
tusima150630no4.jpg
上から見下ろしたり、近づいたり。
tusima150630no5.jpg
tusima150630no3.jpg
眼福です。
花期の長い花ですので、ご縁があれば、ぜひ一度。

記事を読む   津島、天王川公園のヒツジグサ。

PAGE TOP