ヴァントリーズ 「聖書の絵師」

「腐蹄病?」 彼女は持ってきた四半期の台帳を繰った。
「タールの支払いがありませんね」
荘園執事は体重をもう片方の足に移しかえた。「羊飼いの報告が遅くて、感染した羊の足を治療するためのタールを買う暇が─」
「あなたは荘園執事でしょう。責任は羊飼いのジョンではなく、あなたにあります。第一、感染が広がる前に治療できるだけのタールを、つねに備えておくべきでしたよ。何頭の羊が死んだんです?」
シンプソンはまた大きな体を動かし、左手をぴくぴくさせた。「八……十頭です」
キャスリンは背筋を伸ばした。 「どっちです、シンプソン? 八頭、それとも十頭?」
荘園執事は何度か左手を開いたり閉じたりして、つぶやいた。「十頭です」
二百五十ポンドの羊毛が失われた! あてにしていた二百五十ポンドが。

十四世紀イングランド、ワット・タイラーの乱前夜の重苦しい時代を舞台にした歴史ロマン、「聖書の絵師」から。小説の冒頭、ヒロインの女領主キャスリンと敵役の執事との、胃にこたえる会話です。

ひつじ話

Posted by


PAGE TOP