サン=テグジュペリ 「人間の土地」

ギヨメは、この同じ航空路の、ぼくに先んじた経験者であった。ギヨメは、スペインの鍵を手に入れる秘密を心得ていた。ぼくには、ギヨメの教えを乞う必要があった。
(略)
それにしても、あの晩、なんと不思議きわまる地理学の講習を、ぼくが受けたことか! ギヨメはぼくに、スペインを教えてはくれなかった、彼はスペインをぼくの友達にしてくれた、彼は、水路学のことも、人口のことも、家畜賃貸のこともまるで語らなかった。彼はまた、ゴーデスについても言わなかった。ただゴーデスの近くに、ある原っぱを囲んで生えている三本のオレンジの樹について、〈あれには用心したまえよ、きみの地図の上に記入しておきたまえ……〉と、言った。
(略)
ぼくはまた、あの小山の中腹に陣をしいていまにも襲いかかろうと身構えているという、その三十頭の闘羊に対しても、しっかり足をふんばって待機した。〈きみは、この牧原には、障害物は何もないと思いこむ、ところがいよいよやってみると、さあたいへんだ! 三十頭の羊がいて、きみの車輪の下へ流れこんでくる……〉この、世にも不実な脅威に対し、ぼくはただ、感嘆の微笑をもって報いるのみだった。
やがて、すこしずつ、ぼくの地図のスペインが、ランプの灯かげのもとで、おとぎの国になってくるのであった。ぼくは、十字を印しては、避難所と陥穽に目印をする。ぼくはあの農夫に、あの三十頭の羊に、あの小川に印をつけた。ぼくは、地理学の先生たちがなおざりにした、あの羊飼い女を、その正当な位置においた。

ずいぶん以前に「星の王子さま」関連本をご紹介したアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリですが、こちらはその飛行士としての経験を描いた随筆集。
新人の郵便飛行士であるサン=テグジュペリが、僚友に助言を求める場面です。

ひつじ話

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