セサミストリートのOvejita。

ひつじ画像・映像

セサミストリート公式HP 内 Ovejita
日本版セサミストリート公式HP

K&T様から、セサミストリートのマペットキャラクターに子羊がいる由、教えていただきました。ありがとうございます。
名前は、Ovejita。オベヒータ、でしょうか。スペイン語を話す、元気な紫色の子羊ちゃん。
「Murray Has a Little Lamb」というコーナーで、マーレイ・モンスターと一緒にいろんな学校を体験する模様。上の動画は空手教室のようですね。

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羊形硯(続き)。

ひつじ話

羊形の考古遺物の確実な例としては、八世紀の奈良県平城京跡や三重県斎宮跡などから見つかった硯がある。
現在その出土数は10例に満たないほど少ない。
この頃の硯は焼き物で、多くは円形をした円面硯だが、ごく少量羊形や鳥形といった形象硯(けいしょうけん)が存在する。
羊形硯(ようけいけん)は円を描くように湾曲する二本の大きな角が特徴的で、四肢を折って座り込んだ羊の背中が硯になっている。
羊の頸の後ろ、硯の海にあたる部分に墨の痕が残っている例もあり、珍しく貴重なものではあるが実際に使うこともあったようである。

時々お話している羊形の硯について、「十二支になった 動物たちの考古学」に解説がありました。ちゃんと実用品だったんですね。

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木製の鍋敷き。

ひつじグッズ

春らしい食器を求めて街まで出かけ、なぜか鍋敷きを買って帰ってきてしまいました。
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ナチュラルな木のヌクモリがほっこり優しい雰囲気を与えてくれるアスプルンドのアカシアキッチンツールコレクション ウッデントリベット(WOODEN TORIBETTO)です。
耐久性に優れたアカシア材で作られたトリベット(鍋敷き)で、アニマルモチーフがキュートで可愛らしいデザインとなっています。

いやでも、上に鍋を載せたら、かわいいモチーフが見えないじゃないですか。
というわけで、お皿として活用してみました。よし、春らしいと言い張れないこともない感じに。
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新井白石 「東雅」

ひつじ話


(略)
我國のいにしへ凡獸をばシゝといひけり。
日本紀に獸の字讀でシゝといふ即是也。
其肉の食ふべきをやいひぬらん。
牛をウシといひ。鹿をシカといひ。羚羊をカマシゝといひ。
羊をヒツジといふが如き。
皆これ其肉の食ふべくして。
また角生ふるものども也。

新井白石による語義の研究書『東雅』の「牛」の項に、気になる一文がありました。なにか意味があるんでしょうか、「シ」つながり。

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大黒屋光太夫と羅紗の関係。

ひつじ話

『御府内備考』(文政12年)によれば、当時、光太夫の居宅がおかれた江戸の御薬園は九段坂脇、一番町御堀端に三ヵ所、三番町に二ヵ所、蛙ヶ原の七ヵ所にあった。
そのうち六ヵ所は火災で焼失したのを契機にして、一時は御勘定奉行持から御普請奉行持の火除植物場となり、さらに寛政七年四月十九日に奥医師渋江長伯支配の御預かり地となった。
そして、同書には「寛政六年六月十七日より、蝦夷帰り人幸太夫・磯吉といふ二人を御堀端付の御薬園中に移されて御扶助あり。又同所にて羅紗の織立等をもなさしめらるといふ」という興味ある事実が記載されている。
羅紗は羊毛でつくられた厚手の毛織物であり、光太夫たちは帰国のときに羅紗を素材にした、ロシアの外套らしき洋服をもち帰っている。

以前、漂流民大黒屋光太夫からの聞き取りによるロシア見聞記「北槎聞略」をご紹介いたしました。
この「北槎聞略」を著した桂川甫周の人となりなどを語る「桂川家の世界」を読んでおりましたら、光太夫らが羅紗の製法を持ち帰った可能性について示唆する一文がありました。
江戸の薬園のヒツジ飼育については、「羊蹄記」「資料 日本動物史」島田元旦「黄初平図」絡みのエピソードなどをご紹介しています。

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ぽれぽれ動物のハンコ。

ひつじグッズ

やさしい手触りの木彫雑貨、「ぽれぽれ動物」シリーズをひとつ欲しいとかねがね思っていたのですが、このたび、小さなハンコを手に入れました。

かわいいハンコは誰もが集めたくなる女子的アイテム。
しかも、ぽれぽれハンコはハンコ自体がぽれぽれ動物なんです!
押しても置いても楽しめます。

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お腹の片側がハンコになってまして、押すとこのように、本体とそっくりなヒツジが。
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サイズ的には、メモやハガキに添えると良い感じかも。ご縁があれば、ぜひ。

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カプリチョーザの「ひつじのショーン」コラボスイーツ。

ひつじ春夏秋冬

3月5日より上映中の映画 、「ひつじのショーンスペシャル  いたずらラマがやってきた!」。もうご覧になったかたもおられるでしょうか。

「ひつじのショーンスペシャル  いたずらラマがやってきた!」公式HP

こちらの映画とコラボしたスイーツが、イタリア料理チェーン「カプリチョーザ」で発売されているとの由、ak様から教えていただきました。ありがとうございます。

マシュマロを着たショーンのチョコブラウニー
提供期間 2016年2月26日(金) ─ 3月31日(木)
カプリチョーザの期間限定デザート「マシュマロを着たショーンのチョコブラウニー」と一緒に写真を撮り、カプリチョーザ公式フェイスブックページの「ひつじのショーン」の投稿ページのコメント欄に写真を投稿。
ご応募いただいた方の中から抽選で15名様にひつじのショーングッズをプレゼントします。

というわけで、最寄りのカプリチョーザまで出かけてまいりましたとも。
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いそいそ注文し、うずうずと待っていましたら、来ました来ました、白いかわいいあやしいものが。
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斜めからも撮っておきましょう。
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バニラアイスにマシュマロがたっぷりくっついてます。ショーンの顔はしっかり甘いブラウニー。ボリュームもあって、どこから食べるか、すごくためらってしまいました。
お近くにカプリチョーザがあれば、ぜひ。

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多度大社の干支守。

ひつじ春夏秋冬

三重県桑名市にある、多度大社に行ってまいりました。
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多度大社公式HP

多度山の南麓に広がる境内の奥にひっそりと本宮を抱え込んだ、美しいところでした。
さて、参拝をすませたら、もちろん干支守をチェックです。一刀彫の端正なお守りが並べられていたので、お受けしてまいりました。
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干支守は、先日の岡崎市の龍城神社など、いくつかご紹介しています。ご縁があれば、ぜひ。

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ディズニー新作「ズートピア」

ひつじ画像・映像


2016年4月23日公開のディズニー・アニメ「ズートピア」に、ヒツジのキャラクターがいるとのこと、K&T様から教えていただきました。ありがとうございます。

ズートピア初のウサギの警察官のジュディが、夢を忘れたサギ師のキツネ、ニックを相棒に、大都会ズートピアに仕掛けられた恐るべき陰謀に挑む。
“夢を信じる力”とニックとの友情の絆を武器に、彼女は奇跡を起こすことができるのか…?

ベルウェザー副市長
ズートピア副市長を務めるヒツジ。
ジュディを小さな動物の誇りと考え、何かと気づかう。ライオンハート市長にいつも忙しく使われている。

公式HPや予告編などを見るかぎり、キャラクターたちがどうしてくれようってくらいチャーミングでたまりません。
「ベルウェザー」というのは、普通名詞としては群れの先導羊のことですね。そのような立場の人(?)なのでしょうか。

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驚異の部屋の植物羊。

ひつじ話

赤ん坊の頭蓋骨の空間を埋めているウォーム骨は、オラウス・ウォルミウスとしても知られているオーレ・ウォームの名前から名付けられた。
しかし17世紀、彼はむしろコペンハーゲンにあるコレクションの展示室ウォーミアヌムで有名だった。
そこを訪れる人々はそれを「驚異の部屋」と呼んでいた。
ここでいちばん印象的な収蔵品は、「タタールの子羊野菜」であろう。
半ば動物で半ば植物、果実として羊が実っていた。
先史時代の巨人族の頭蓋骨や新世界から持ってきたコーヒー豆も展示されていた。

ページを繰っても繰っても悪寒が走るエピソードが山盛りの「「最悪」の医療の歴史」を読んでいたところ、ふいにほっとするような小話がはさみこまれていたので、嬉しくなってしまいました。
植物羊とコーヒー豆が同じ枠の中で語られる時代と場所があったということそのものが、驚異的でワクワクします。
植物羊のお話はよくしております。こちらでぜひ。

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江戸期の毛織物事情。

ひつじ話

イギリスが日本まで来て売ろうとしたのは布類だった。
アダムスはイギリスが日本へ進出する前に、すでに日本での貿易を薦める内容の書簡をイギリス側に送っている。
彼はその手紙で「そこ(日本)では布類は魅力ある商品とされている」と記す。
(略)
しかし、布類の輸出は日本では思ったほど順調には進まなかったが、それには理由があった。
まずは、流行(ファッション)の問題である。
流行という概念そのものがヨーロッパではまだまだ一般的ではなかったし、昨年は売れたものが今年は売れないという現象にイギリス人は思いきり面喰らったのである。
そのうえ、日本人特有の色彩の好みがあった。
コックスによれば、日本人が着るのは黒、赤、それに「悲しげな青類(sad blues)であり、初期に輸入した鮮やかな色彩は人気がないとしている。
(略)
素晴らしい陣羽織の多くはこうして輸入された羊毛で織られたもので、おそらくはイギリス製の羊毛も原料として使われたはずである。
結局、1620年、7年間もの努力の後、コックスはロンドンの東インド会社に手紙を書き「我々のイギリス製毛織物に関しては、日本で大量に販売することができるとは思えない」と言っているのだから可哀相な話である。
(略)
日常的な品質のものも、ペルペチュアナ(耐久性)という安価なイギリス製の毛織物が江戸時代を通じてオランダ人によって日本に輸入されつづけていた。
1800年になると、将軍家斉がオランダカピタンのワルデナルに、日本でも毛織物の生産を開始できるようにと、羊を輸入するように要請している。
もちろん、ワルデナルはこれを拒むが……。

時々お話している江戸期の羊毛製品について、さらにもう少し。
タイモン・スクリーチの「江戸の英吉利熱」から、当時の日本と羊毛製品帝国としてのイギリスの関係について語られた部分を引いてみました。
決して需要がなかったわけではないと思うんですが、なにかとかみあわなかったみたいです。

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公冶長の説話。

ひつじ話

公冶長にはきわめて奇妙な特技があった。
つまり、さまざまな鳥のことばを理解することができた。
(略)
貧しい公冶長は、自分の家でぶらぶらしていて、生計の道がなかった。
ある日、雀が一羽飛んできて、公冶長の家のまわりを飛びまわりながらさえずり始めた。
公冶長、公冶長
南山に虎駝羊有り
爾 肉を食い、我 腸(はらわた)を食わん
当にすみやかに之を取るべし、彷徨うこと勿れ
公冶長は、雀の言うとおり出かけ、死んだ羊をみつけて持ち帰り、雀と分け合って食べた。
その後しばらくして、羊に逃げられた人が探しながら公冶長の家までやって来ると、壁にかかっている一対の羊の角が目にはいったが、まさに逃げた羊のものであった。
そこで、自分の羊を盗んだのは公冶長だと思い込み、魯の国君に訴えた。
国君が人を送って公冶長を取り調べると、公冶長は雀のことばを聞いたのだと釈明した。
しかし、国君は人が鳥のことばを理解できることを信ぜず、でたらめなはなしをでっちあげたとみなし、公冶長を投獄した。

袁珂の「中国の神話伝説」から、孔子の高弟である公冶長のエピソードを。
のちに雀に助けられて隣国の侵犯を撃退するに功があり、名誉は回復されるのですが、……でも、落ちてる羊を拾って食べちゃってるのは良いんでしょうか。

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『信濃奇勝録』より、「石羊」。

ひつじ話

巻之四 諏訪郡之部
石羊
矢ヶ崎村の北に永明寺山とて高く峙(そばだち)たる松山あり
此山南面の中腹に谷ありて大なる岩石数百累々たり
其石間に洞を作し穴をなす所多し
其下滴水小流をなす
此内に異獣ありて住り
大さ鹿のことく毛色も又鹿の如し
中に黒白の斑あり
頭ハ小し惣身毛長く垂れ四足を隠す
常に出る事稀なり
炎夏暴雨の後ハ出て蚯蚓を穿るか如し
村里近しといへとも見る者少し
たまたま見し者名つけて石羊と云又毛長貉被貉(かぶりむじな)など名づく
群をなすといへとも其数二十余に過すといへり

江戸末期の地誌『信濃奇勝録』に、「石羊」と呼ばれる生き物の記録があるとの由、ak様から教えていただきました。ありがとうございます。
さて、正体はなんなのでしょうね、これ。「伊豆海島風土記」のような、野良羊または野良山羊の可能性を考えてみたいところですが。

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このモコモコは羊?アルパカ?

ひつじ画像・映像

という、かわいいことこの上ないクイズがバズフィードに掲載されている由を聞きつけまして、挑戦してみました。

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この「モコモコ」は羊かな? それともアルパカかな?

全10問で、いろんなタイプの白い毛皮をアップにした写真が並べられています。
ひつじnewsは、6問正解で「モコモコ常識人」でした。む……難しいですね、これ……。糸紡ぎをご趣味やお仕事になさってる方なら、楽勝だったりするんでしょうか。

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各務原市、成田山貞照寺、川上貞奴の墓所。

ひつじ話

岐阜県各務原市にあるお寺さんまで行ってまいりました。
名鉄新鵜沼駅、またはJR鵜沼駅から車で五分、徒歩だと一時間弱の場所にある、成田山貞照寺です。

成田山貞照寺公式HP

日本初の女優として知られる川上貞奴が自らの菩提寺として建立した寺院で、奥まったあたりに墓所があるのですが、なぜかこのお墓を石羊が守っているらしく、これは見に行かねばと。
というわけで、案内板にしたがって本堂の脇を抜けていくと、
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このような場所が。
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そして石羊が二体。貞奴の干支が未であることにちなんだものらしいのですが、なんというか、剛毅です。
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石羊は、ひっそりとあちこちに点在しています。
これまでに、神戸市教育会館京都国立博物館、同じく京都の野仏庵東京国立博物館、やはり東京の根津美術館のものをご紹介しております。
ご縁があれば、ぜひ。

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