「牧畜の食」としての乳加工食品

「牧畜の食」として、肉とは別に、乳加工食品がある。そして、それは搾乳を前提としている。
(略)
乳メスは、実子以外のものが乳房を吸おうとも、乳腺が開かない。ましてや、人がやにわに乳房をとらえて、しぼっても、近代の改良牛以前では、乳が出ないのである。
「牧畜の食」の重要な要素をなす乳製品は、家畜化の開始とともに、ただちにもたらされたものではない。
(略)
ところが、紀元前5000年紀を境に、消費動物遺骨のなかで、4─5歳以上の個体数が増加しはじめる。まさに乳利用対象として、メスが生かされはじめたからに違いない。
(略)
実子以外の刺激に、乳メスの乳腺は開かないのなら、まず実子をおとりにすればよい。
つまり、実子を近づけ、乳房をふくませ、乳腺が開いたところで、それを引き離し、やにわに搾乳を始めればよい。
(略)
ただこのような技法が、人間の利用のための家畜からの乳の詐取意図をもった人びとによって、ふと思いつかれたという想定には、いくつかの疑問が残る。
異種の動物の乳は臭く、はじめて飲むものには、おいしいと思われないことを、牛乳を飲む習慣のなかったわれわれは知っている。
おまけにそれまで乳を飲む習慣のなかったものが乳を飲むと、乳糖分解酵素の活性の低さから、下痢をおこす。
(略)
最初に家畜の乳を飲んだ人は、少なくとも他の必要からしぼりおかれた家畜の乳が乳酸発酵して、まさにヨーグルトとなったものをたまたま飲むことで、乳の価値をみいだしたとみるのが妥当のように思われる。
ただ、この想定のもとでは、人間の利用のための搾乳以前に、一見ありそうもない〈人の利用を前提としない搾乳〉があったという、仮定をたてなくてはならなくなる。
(略)
実は日帰り放牧がもたらした授乳・哺乳関係の不安定化を補う技法として始められた授乳・哺乳介助の特殊ケースとして、それが行われている。
このようにみてくると、人間の利用を目的とした搾乳以前、利用を前提としない搾乳が、乳メスから哺乳を受けることができない孤児のための人工哺乳として開始されたという想定は、けっして根拠のないものではない。

『講座 食の文化』シリーズの第一巻、「人類の食文化」のうち、谷泰による「牧畜民の食」がたいへんエキサイティングでしたので、要点部分を。

ひつじ話

Posted by


PAGE TOP