司馬遼太郎 「胡蝶の夢」

ついでながら、この時期から八、九年も経ったあとで、幕府はその所有する洋式陸海軍に洋式の制服を着せることになるのだが、そのころになると、服装についての社会的反撥はさほどのものでなくなっていた。
しかしいまの時期、伝習生に洋服を着させれば、かれら自身の生命が、おそらく保証されがたい結果になることはあきらかだった。
もっとも、伝習生のあいだでは、舶来の黒ラシャの生地で羽織をつくることがはやっていた。
ラシャは戦国期から日本が輸入しつづけていた生地で、かつては陣羽織に用いられた。
この時代、長崎でそれを買えば、江戸・大阪よりも安くもあり、良順も勝麟太郎も、このラシャ羽織をはおっていた。
このめだたぬ「洋化」は、「いわば陣羽織の心意気だ」という口実があったから、あまり攘夷感情を刺激せずに済んだ。

先日、羅紗の陣羽織は江戸期の武家の必需品だったというお話をしたのですが、それに関連して、ak様から司馬遼太郎の幕末小説を教えていただきました。ありがとうございます。
引用は、物語の重要な舞台のひとつである長崎海軍伝習所の風景。袴姿で歩兵訓練を受ける伝習生たちの微妙な心理が描かれています。

ひつじ話

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