「世界を創った男 チンギス・ハン」

斥候は絶望的な声を上げた。人馬はともかく、荷車や羊群の通過は不能ということだ。それを知った瞬間、テムジンは決断した。
「構わぬ、突っ切れ」
(略)
長く延びた集団に命令が伝わると、狂気のような動きがはじまった。女性も老人も、牛車を出て馬に乗った。妻のボルテも、一歳九ヶ月の長男を背負い七ヶ月の次男を胸に抱いて馬に乗った。
干肉や水袋が馬の背に移された。疲れた牛は外し、元気な牛に付け替えた。何台かの荷車が捨てられ、何百頭の羊が置き去りにされた。
(略)
「遅れずに付いて来い。疲れた者は左に寄り、追い抜く者は右を進め、毀れた車は捨てよ、遅れる羊は残せ、何物をも惜しむな、今は時こそ宝ぞ」
テムジンの言葉は、八人四組の親衛隊員によって後方の百人隊長、十人隊長、羊を追う隷属氏族の頭目らへと伝えられた。

堺屋太一氏のチンギス・ハンもの。第二巻より、それまでの盟友にして将来の敵であるジャムカと、ついに袂を分かつ場面を。
一族を引き連れ、背後にジャムカの追撃を警戒しつつ敵性氏族の宿営を突破する、ただでさえ手に汗握る場面に、ぼろぼろと取り残されていく羊たちの描写の数々がもう。

ひつじ話

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