井上靖 「蒼き狼」

 成吉思汗がその意見を訊いた者たちの中で、際立って他と異った意見を具申した者は、武将のジェベと愛妃忽蘭(クラン)であった。曾て成吉思汗を狙撃した不敵な若者は、その鏃のような形をした頭の中から、モンゴルの民が誰一人考えたことのなかったある一つのことを、石ころでも取り出すように無造作に取り出して成吉思汗の前に置いた。
「モンゴルの民は羊を捨てなければならぬ。羊がある限り、モンゴルに倖せは来ないだろう」
 (略)
「卜占は余の最もよくするところのものである」
「しからば、余のために占え。モンゴルの蒼き狼たちはいまいかなる運命を持たんとしているか」
「モンゴルの民を占うはモンゴルの民に行われる方法によるべきであろう。羊の肩胛骨一片を我に与えよ」
 耶律楚材の求めに応じて、成吉思汗は羊の肩胛骨を持って来させた。すると彼は、帳幕の外に出て、石のかまどを築き、そこで羊の骨を焼き、その上で裂かを調べた。

井上靖の、チンギス・ハーンの生涯を描いた小説「蒼き狼」です。最初が、チンギスが長城を越えてへの侵略を決意する場面。つぎが、捕虜の一人として現れた耶律楚材との出会いの場面です。

ひつじ話

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