ムギとヒツジの考古学

「ムギとヒツジの考古学」
ムギの値段、ヒツジの値段
 西アジア古代社会の王侯・貴族たちの富の源泉は、どこにあったのだろうか。ムギだったのだろうか、それともヒツジだったのだろうか。
 ヨルダンの田舎町で、ムギとヒツジの値段を調べてみた。品質にもよるが、小麦粉1袋(50kg)とヒツジ1頭が、ほぼ同額である(約5,000?10,000円)。したがって、ヒツジ1頭を買うと、標準的な家族がほぼ1カ月食べる量の小麦粉を失うことになるわけだ。そんなに高いのなら、いっそニワトリで我慢してみてはどうかと思うのだが、そうはいかないらしい。数十万年もの間、ガゼルを食べてきた彼らにとって、今に残る唯一の代用品がヒツジなのである。なるほど、ヒツジの値段が高いわけである。
 ただし、古代社会においてもヒツジがムギよりも高価であったとはかぎらない。そもそも、価格決定のシステム自体が異なっていたからである。しかし、ヒツジの価値がムギにくらべて相対的に高かったことは、各種の資料からうかがうことができる。たとえばウルク出土の「ワルカの壷」(紀元前3000年頃)では、イナンナ神の下に人間、人間の下に家畜、家畜の下に穀物、穀物の下に水の流れが表されている。これは、天界から大地までの秩序の表現であろう。そのなかで、家畜は穀物の上位に位置づけられている。この壷だけではない。たとえば彩文土器の文様についても、家畜の表現は多いが、穀物の表現はごく希である。また、家畜に似た神はあっても、穀物に似た神は創造されていない。穀物に関しては、地母神や太陽神など、それを育む自然の方が神格化されるのが一般的であった。
ワルカの壷


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