厨娘(続き)

なお厨娘の話は後世にもあり、清代の『両般秋雨庵(りょうはんしゅううあん)随筆』巻六にその一つを載せている。
明末清初、江蘇の如皐(じょこう)に冒襄といって風流文雅で名高い富豪があった。
彼がかつて大宴会を催すにあたって一人の有名な厨娘を招いた。
ところが、厨娘がいうには、宴席に三等あり、上等には羊五百匹を要し、中等は三百匹、下等は百匹で、他の品もこの割合であると。主人は中等の席を命じた。
期に及んで厨娘は従者百人余り引連れて乗込み、高座から指揮しつつ、先ず三百匹の羊をおのおの脊の肉を一斤ほどだけ割き取って、余は皆打棄てさせたので、人がその故を問うと、答えていう、羊の美味は全くここに集まっているので、その他は臭くて用いるに足らないと。
その奢侈は概ねかくの如くであった。
按ずるにこの話はけだし宋代の厨娘の事を焼きなおしたものらしく、明末に実際それが行われていたか否かは疑問である。

米澤穂信の「儚い羊たちの祝宴」井波律子の「中国文学の愉しき世界」でお話した贅沢な女料理人のエピソードを、あらためて青木正児の随筆から。

ひつじ話

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