羊は決して棚から落ちない

 空間を見る能力は、生まれつき備わっている。それは「視覚的断崖」と呼ばれる、見かけだましの断崖を使った実験でわかったことだ。
 この画期的な実験装置を考えたのは、アメリカの女性研究者のエレノア・ギブソンだ。(中略)
 動物の実験農場で生まれたての羊を扱っている時に、あることに気づいた。羊は一度に大量に生まれる。生まれたての羊を一匹一匹順番に実験室に運ぶため、とりあえず何匹かの羊をどこかに置いておく必要があった。羊は生まれてすぐにも歩けるので、下手なところに置くと歩いて他の羊と混ざってしまう。どこに置いたら一番邪魔にならないか考えあぐねた末、たまたま高い棚に置いてみたのだ。棚から落ちてしまったら一大事だ。どうしようと悩んだものの、羊は決して棚から落ちることはなかったのだ。
 そこで彼女は考えた。生まれたばかりの羊でも、「ここから落ちると危ないぞ」ということがわかるのだろうか。つまり、自分のいる棚と下との落差がわかるのだろうか。
 実験農場から戻り、実験を企画した。生まれたての動物に断崖絶壁から落ちる恐怖がほんとうにわかるのか、空間を見る能力は生まれつきか、謎を解こうとしたのである。
 動物たちを「視覚的断崖」(図1-1)に立たせ、断崖に落ちる方向に進むかどうかを調べることにした。「視覚的断崖」とは、断崖の上に硬質ガラスをはめたものだ。(後略)
視覚的断崖の実験。羊は断崖の上のガラスを渡ろうとしなかった。

棚から落ちるよりもほかの羊と混ざるほうが一大事という状況がよく分かりませんがだいたい分かりました。
※2/26追記。
エレノア・ギブソンの自伝を読んでみたら、詳しい状況が記されていました。

双子のペアの一匹を実験群に、もう片方を統制群に用いた。
私が関心をもったのは、群行動の発達における出産後すぐの母親の役割だった。
(略)
私は、絆をつくる要因として化学的情報に特に興味をもっていたので、生まれてすぐに(実験群の)仔を母親が舐める前、そしてもう一方の双子の仔が生まれる前に、母親から離した。
その仔をすぐに洗剤につけた。
あるとき、双子の残りが産道から姿を現し始めた時、私はちょうど第一子を洗剤に浸したばかりだった。
急いで今浸した仔をどうにかしなければならなかった。
農場管理人が半開きのドアから眺めていて、「台の上に置けば」と言った。
高いカメラ台で、約三〇センチメートルの台座がついていた。
私は子ヤギが転げ落ちると反対したが、彼は落ちないと保証した。
その湿った小さな動物を台の上に置くと、決めておいた場所に運ぶまで、子ヤギはそこにいて、立って部屋を見回していた。

…………ヤギ!?

ひつじ話

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