長野から 山で育てる羊

顔と四肢が黒いのがサフォーク種の特徴。夏の間はこの牧場で過ごす
 まっすぐ立っているのも容易ではない急斜面で、もくもくと羊たちが草を食(は)んでいる。眼下には森、その向こうには北アルプスの雪。
 「初めて来た人は、『これが牧場?』とびっくりしますよ」
 羊の世話をしながら酪農家の峯村智夫さん(70)が笑う。
 ジンギスカンといえば北海道を連想する人が多いが、長野県では、ここ信州新町こそジンギスカンの本場だ。長野市街から犀川沿いに国道19号を走ること小一時間。沿道には8軒の専門店が点在し、「ジンギスカン街道」と大書したのぼりがはためく。
 かつて水運の拠点として栄えたこの地域では、昭和初期から羊が飼われ、全盛期には4000頭を数えた。が、戦後の輸入羊毛や化学繊維の普及で需要は激減した。
 「不要になった羊を活用しようという村長(当時の久米路村)の考えで、店を始めたそうです」
 地元でもっとも古いジンギスカン料理店「ジンギスカン荘」の川上キヨさん(72)は話す。現在はキヨさんの息子で3代目の浩さん(47)が店を営む。すったリンゴをベースにした辛口のたれにつけ込んだ肉を、炭火で焼きながら食べるのがこの店のスタイル。
 「飽きない味、とお客さんは言ってくださいます。それぞれの店の味があるので、食べ比べてもらえば楽しいのでは」(浩さん)
 専門店が増えるとともに、ジンギスカンは家庭料理としても定着した。客が集まる盆や正月のもてなしに、あるいは花見や運動会など野外の宴会に、信州新町の人々はジンギスカンを食べる。
 が、一方で羊を飼う農家は減り、町内で消費される羊肉は輸入ものばかりになっていた。
 「せっかくの名物なのだから地元産を絶やしてはいけない、と82年に肉食用のサフォーク種を導入することにしました」(町経済建設課農林係の中村芳文さん)
 現在は町内で約380頭。その大半を飼育しているのが峯村さんだ。「おやじの代から、羊とは60年の付き合い」という峯村さんは、飼料に工夫を重ね、あっさりして食べやすい肉を作り上げてきた。
 売れなくて苦労した時期もあったが、ここ2年ほどのジンギスカンブームで需要は急増。増産したくとも繁殖が追いつかず、現在、町内産のサフォークが食べられるのは、町営の保養施設「さぎり荘」に限られる。
 さぎり荘ではジンギスカンだけでなく、たたきやステーキもメニューに並ぶ。生の羊肉とは驚くが、口あたりはさわやかだ。
 国内で消費される羊肉のほぼ99%が輸入品だけに、国産の羊は希少だ。現在のジンギスカンブームが一段落した後も羊肉人気が定着するなら、信州新町のような国産サフォークは、改めてブランドとして注目されるようになるかも知れない。


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