メソポタミアのひつじ風衣装

ひつじ話

ひつじ衣装の地母神像
「バビロニア人の服飾」  男性は腰布形式の衣服を用い、女性は多くの場合、右肩を露出して全身を覆っていた。布地はカウナケスといい、(中略) 羊の皮に似せて緯糸を経糸にループ状に結びつけ、羊の毛皮とよく似た織物を作り、それを常用した。

写真は、前二千年頃の神像です。もこもこー。

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混乱するカツレツ

ひつじ話

日本のトンカツはトン(ブタ)のカツレツで、カツレツは英語のカットレットに由来するというのはよく知られたところだ。そこでカットレットを辞書で引くと、第一義に「ヒツジまたは仔ウシの肉の薄い切り身」とあり、ついで「これを揚げたカツレツ」などとなっている。カットレットは本来、料理の名ではなく、肉の種類をさす語なのである。英語のカットレットの語源はフランス語のコートレットなのだが、その一般的な定義は「骨付きのあばら肉」ということになっている。 (中略) ヒツジのコートレットを英語でいえばラム・チョップだから、カツの語源はトンカツの実態とはほど遠い。さて、そのヒツジや仔ヒツジの骨付きあばら肉は、昔から直火焼きにしたりパン粉をつけてバターで焼くのがふつうだった。そのため、パン粉焼き料理も一般に、コートレットの名でよぶようになったようだ。

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デューラー 「子羊の崇拝」

ひつじ話

子羊の崇拝
わたしはまた、御座と四つの生き物との間、長老たちの間に、ほふられたとみえる子羊が立っているのを見た。それに七つの角と七つの目とがあった。これらの目は、全世界につかわされた、神の七つの霊である。 (ヨハネの黙示録第五章)

「デューラー版画展」カタログ

デューラーの図版本「黙示録」から。顔は怖いですが、こひつじです。

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鞭起芻羊問木人

ひつじ話

鞭起芻羊問木人
写得老胡真面目(老胡の真面目を写し得て)
杳寄自性堂上人(杳か自性堂上の人に寄す)
不信旧臘端午時(旧臘端午の時を信ぜずんば)
鞭起芻羊問木人(芻羊を鞭起して木人に問え)
先に見た富士山図の賛にくらべたら、ずいぶんとむずかしい偈である。大意をとれば、つぎのような意味である。
かねてから達磨の絵を描くよう頼まれていたが、
ここに達磨の真骨頂を描いて、
はるばる豊前の自性寺和尚にお届けする。
十二月の端午の節句に作ったこの画が分からぬならば、
ワラの羊に鞭うって木の人形に尋ねられよ。
謎めいた詩である。「旧臘端午」「芻羊」「木人」といった言い回しは、いずれも禅録では無可有の消息、あるはずのない消息をいう。「旧臘端午」というのは、「12月=5月5日」ということであるが、そんな日付が現実にあるはずはない。蒭羊、蒭は芻に同じ。芻狗という語があり、「ワラで作った犬」をいうが、これと同じ意味である。「ワラの羊」も「木の人間」もあり得ないものであるが、「ワラの羊」を鞭うって「木の人間」に答えさせるというのは、太郎を折檻して次郎に白状させるようなもので、これまたあり得ないことである。

「藁の羊」
言葉としては面白いんですがなんかイメージが……。

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たぶん役に立たないヒツジ知識

ひつじ話

▼01 羊の分娩介助
▼02 分娩前の準備(クラッチング)
▼03 羊の爪の削締
▼04 羊の耳刻つけ
▼06 仔羊の去勢について

ヒツジ好きな人でも、あまり牧場でするような実務レベルでの知識って無いと思うんです。
で、動画でそれをわずかばかりでも見てみようというわけですが……。
えーと、爪切りくらいならできそう?

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闘羊

ひつじ話

オオツノヒツジ

 インドの田舎ではヒツジが闘技用に飼育されており、しばしば試合が行われる。癇癪持ちの闘技用ヒツジを飼っていた男がいたが、とうとうこの忌々しいヒツジに愛想を尽かして、トラの巣穴へ投げ捨てた。
 するとあたりに響き渡る大きな音がした。穴に入れられたヒツジがいきなりトラに凄い頭突きを食らわせたのだった。哀れなトラはすっかり動転し、あげくの果てに怒れるヒツジに殺されてしまったという。(O.ブレランド、1963)

東南アジアとか中国とかで闘山羊や闘羊は実際に行われているそうですが、いまいちぴんと来ません。
イメージ的には山羊のほうが激しそうな気がしますがどうなんでしょう。

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スフィンクスもやっぱり羊

ひつじ話

羊の頭を持つスフィンクス
羊の頭を持つスフィンクス
カルナック・アモン大神殿
KARNAK, GREAT TEMPLE OF AMEN
テーベ(現在のルクソール)が新王国時代の首都となったころ、その地方神であるアモンが太陽神ラーと結びついたアモンラー神は、統一国家の最高神の地位を得ました。カルナック・アモン大神殿は、そのアモンラー神信仰の中心となった神殿です。古代の船着き場から第一塔門までの参道両側に並ぶのは、アメン神の聖獣、牡羊頭のクリオ・スフィンクス。ラムセス二世が建てた134本もの巨柱が林立する大列柱室は圧巻です。

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アンモナイトの語源

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アンモナイト

 数多ある化石のうち、人気のあるのがアンモナイトです。
 アンモナイトの語源は、アンモン(Ammon)の石(-ites)という意味でアンモナイト(Ammonites)という造語です。アンモンとは、頭に螺旋状に巻いた角を持ち、雄羊に似た古代エジプトの太陽神アンモンのことです。日本では、アンモナイトの殻を菊の花に見立てて、菊石ともいいます。

アモン神(というか羊)
↑アンモン神(アモン神またはアメン神とも)。
 似てるというか……。

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ポセイドンの誕生と雄羊の結婚

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 ポセイドンの誕生物語では、この神は陸上の二つの動物、羊と馬に結びつけられている。ギリシアや地中海の神々は概して、雄羊の姿であらわれるほうが、馬の姿であらわれるよりも時期的にずっと早い。この二つの動物のうち、馬は北方から入ってきたばかりであった。したがって、ヘルメスもアポロンも以前は同じように雄羊の姿であらわれていた。おそらく、前者ヘルメスは子をつくる神の役で、後者のアポロンは太陽神の役であらわれたものであろう。このような痕跡はギリシアの宗教儀礼に残っているが、詳しい物話は伝えられていない。われわれギリシアで、ほかの神にはみられないほど、馬を聖獣とみなしたポセイドンについて、羊の姿つまり雄羊の姿であらわれる物語が二つ伝えられている。
 ある説によると、レアはポセイドンを生んだのち、アルネ(「羊の泉」)という泉のほとりにいた羊の群れのなかに赤子を隠した、と語られている。
(略)
 ポセイドンの花嫁については、英雄伝説の形式で語られているが、その名はテオパネといって、「女神としてあらわれる女」とか「神をあらわす女」という意味である。彼女の父ビサルテスはマケドニアを支配していて、ヘリオスとガイアの息子であった。美しいテオパネには多くの求婚者が言い寄ったが、ポセイドンは彼女を奪って、たぷん、島名が「雄羊の島」を意味する島に連れて行った。
とにかくこの物語のさきは、ポセイドンが花嫁を羊に変え、自分も雄羊に変身した、いやそれどころか、彼は島の住民を羊に変えてしまった、ということになっている。このように、他の求婚者たちがあとから迫ってきたときには、二人は身を隠すことができた。こうして、ポセイドンは雄羊の結婚式をあげた。この結婚から、のちにプリクソスをコルキスへ連れて行くことになる。また、アルゴナウテスたちの遠征を惹き起こすことにもなり、あの金毛の雄羊が生まれることになる。

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欧州最古の文明でもやっぱりひつじ?

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150以上の神殿跡、欧州最古の文明か…英紙報道
11日付の英紙インデペンデントは、ドイツ、オーストリア、スロバキアなどの欧州大陸中央部の広い地域で、紀元前4600年から4800年にかけて建てられた150以上の神殿跡が発掘されたと報じた。
 事実なら、巨石文化を示す英国のストーンヘンジよりも2500年以上も前になり、同紙は「欧州最古の文明の発見であり、欧州の先史時代研究を書き換える意義を持つ」としている。
 同紙によると、発掘を担当したのは、ドイツ・ザクセン州文化遺産部局。神殿は円形で土と木を材料にして建てられ、周囲にはヒツジ、ヤギ、ブタなどを家畜として飼っていた集落があったという。この文明は約200年間で消滅しており、その原因はわかっていない。

この記事?Excite翻訳)かと思います。(原文

In all, more than 150 temples have been identified. Constructed of earth and wood, they had ramparts and palisades that stretched for up to half a mile. They were built by a religious people who lived in communal longhouses up to 50 metres long, grouped around substantial villages. Evidence suggests their economy was based on cattle, sheep, goat and pig farming.

最古の家畜については犬だとか羊だとかヤギだとか馬だとか
諸説あるようですが、いずれにしても長いおつきあいには違いないですよ。
羊と牧羊犬ならどっちに転んでもヒツジですが。

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雲を引き寄せる鉤 =羊の角=

ひつじ話

ドゴン族は,西アフリカの荒涼とした岩地のきびしい環境で,農耕生活をいとなむ戦闘的部族である。ドゴン族の説話には,宇宙の始まりと発展を象徴すると思われる箇所のあちこちに,生きるために欠かすことのできない雨をもたらす雲が登場する。
マルセル・グリオールは『水の神』という優れた著書の中で,ドゴン族のトーテム状神殿を描写している。
神殿は一辺約3mの立方形で,正面の左右の角にはやや先細りの塔が建っている。塔には円錐形をした一種の帽子のようなものがのっており,その間から神殿内部に安置された鉄製の鉤がみえる。先端が鋭く内側に曲がり込んだ鉤が2つついているのが普通である。この鉤は,天上にすむ角のはえた雄羊の頭で,内巻きの角が雨雲を支える形になっている。2つの鉤形はまた2本の手のようでもあり,湿り気を抱え込み,豊作を引き寄せる。
 雲を引っかけた角を持つこの天の雄羊の体は,黄金色に彩られており,雨季の嵐の前には,必ず雨雲の間を駆け抜けるのが見えるという。雄羊はまた天地にあまねく影響を与える存在でもある。
雨と霧はこの羊の放尿である。しかも,じっと動かずに放尿しているわけではない。天空を駆け巡る雄羊の蹄は地球を揺るがし,4色の色の付いた蹄の跡を残す。それが虹というわけだ。
虹を伝って天上の雄羊は空から下りてきて,地上の大きな沼に身を沈める。雄羊は蓮の葉の間に沈んで,「水は私のもの,私の所有物であるぞ」と叫ぶ。この民話では天上の雄羊は原始の雲の象徴で,そこからこぼれ落ちた最初の夕立が最初の畑をうるおしたのだという。
雄羊の天からの放尿が雨だという考えは,風が雲を運び,雲が雨と雪と雹を生み出す,と考えられているからだ。

よく傘を忘れてずぶ濡れになるので、日本の雨は放尿でないことを祈っておきます。
雄羊をかたどった黄金のペンダント
雄羊をかたどった黄金のペンダント(同書より)

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羊と吸血鬼のおかしな関係

ひつじ話

 コソヴォ地区とその周辺に定住するジプシーの「吸血鬼」を取り上げたヴカノヴィッチの報告によると、 (略) 「吸血鬼」になるのは、遺体の上を蛇・犬・猫・鶏・雄牛・雄羊などが越えたとき(一般的な規則だが、牛や羊、蛇をあげるところには彼らの生活がうかがえる。家の中に安置される農民の遺体の上は、ふつうこんなものは飛び越えない)、生前の願いがかなえられずに死んだ者、盗み騙りをした者、罪を犯し、許しを得ていない者、縁者や貧者に贈物や施しをしなかった吝嗇漢、自殺者、人に見取られずに死んだ者、傷を負った者、高齢の死者などである。「吸血鬼」になる死体は埋葬の前に黒くなる。
(略)
 その行動は、夜の安息を乱し、牛馬を痛めつけ、農作業に損害を与える、屋根や器物を壊し、馬を乗り回し、屋根裏を歩き回る、家畜を窒息させ殺してしまう、羊を小屋から牧場に追い出す。家畜が死んだら、それは「吸血鬼」に殺されたのだと考える。そしてそういう家畜の肉は食べない。雄牛や犬、雄羊などの動物の姿を取ることもある。その動物は白くて、大きさはさまざまである。

牛馬は痛めつけられ、家畜は殺され、馬は乗り回され、
なぜか羊は放牧です。
……迷惑ぐあいはだいたい一緒ですか。

 イスラム教徒のジプシーの間では動物の「吸血鬼」もあり、毒蛇、種馬、小羊、鶏、犬、猫、雄牛などの死体の上を他の動物が飛び越えたら「吸血鬼」になって、死後四〇日間夜道を行く人を悩ませると信じられている。姿は元のままである
(略)
 これらは、原文に vampire とあるから機械的に「吸血鬼」と置き換えたが、「生ける死体」としての性格は希薄で、むしろ霊的な怪異として亡霊のようなものである。わけても最後の動植物や物体の「吸血鬼」は、それらが妖怪変化に化したものであって、翻訳による混乱と言うべきである。

小羊の妖怪変化も。
蹄でアタック?

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羊飼い衛星(シェパード衛星)

ひつじ話

土星の環
特にF環は、二本の細い環がねじれて結び目がある複雑な構造をしています。結び目は、小さな衛星があるかもしれないし、後述する「羊飼い衛星」たちの重力によって集められた環の氷が密集したところなのかもしれません。そもそも、土星の環がいつ、どのようにできたのかということは、いくつかの説があり、まだわかっていないのです。
(略)
F環の話を続けましょう。この環はとても細く、幅は490kmしかありません。環を構成する小さな氷の粒子たちは、なぜもっと広がっていかないのでしょうか。
これには、羊飼い衛星(シェパード衛星)と呼ばれる衛星たちが重要な役割を果たしています。放牧された羊たちがばらばらな所へ行ってしまわないように、羊飼いやシェパードのような牧羊犬は、羊の群れを上手にまとめます
30個以上ある土星の衛星たちの中で、少なくとも「パンドラ」と「プロメテウス」の2つの衛星は、F環の外側と内側に位置し(実際には、プロメテウスは定期的にF環の中に入るかもしれないなど、事情はもう少し複雑です)、F環の粒子たちが広がっていかないように、環を細い形に保つ役割を果たしています。

土星のまわりにも羊飼いがいて、何もしないと迷子になる存在を上手くまとめているのです。
あと、天王星にも羊飼い。
あちらこちらに。

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牧羊犬シェパード

ひつじ話

ドイツ語でSchaf(シャーフ)とは羊です。Schäfer(シェーファー)は羊飼いです。これにHund(フント=犬)が付いてSchäferhund(シェーファーフント)となると牧羊犬です。コリーやシェルティー、コーギーなどもSchäferhundなんです。
Stephanitz は、自ら作出する犬こそ「ドイツを代表する牧羊犬」だとばかりに” Deutsche Schäferhund”と名付けたのでしょうか。
因みに、英語(というか米語)では、German Shepherd Dogといいますが、ShepherdはSheep(羊)+Herd(番をする)で羊飼いのことです。
英国では正式には、German Shepherd Dogですが、一般的にはAlsatian(アルセイシャン:アルザスの犬)と呼ばれています。
仏語では、Berger Allemand(ドイツの羊飼い)です。

羊とシェパード
※画像は犬雑貨専門店・サーラ&アリス

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MONO変身図鑑 第7回ヒツジ

ひつじ話

古代から人々の暮らしの近くにあった家畜ヒツジ。その有用性を認めた大ローマ帝国の軍隊は、ヒツジの群れを従えて行進したという。人間の歴史も変えたヒツジの秘密とは?

主力は羊の部隊?

歴史を変えたヒツジ
人間がヒツジを飼いはじめたのは紀元前6500年頃のことらしい。場所は古代メソポタミア文明発祥の地、現在のイラク北部であった。
その後、パレスチナを経てアジア、ヨーロッパ、アフリカに伝わり、15世紀の大航海時代に現在のアメリカやオーストラリアに伝えられた。日本に入ってきたのは江戸時代末期の頃だ。ヒツジにまつわる言い伝えも各地に残っている。ヒツジをめぐる紛争で歴史が変えられたことも珍しくはなかった。
ヒツジに関する歴史的大事件というと、イギリスの繊維産業が産業革命の発端となったことだ。その結果として資本主義が誕生することになった。「資本」という英語のcapitalはラテン語で頭数を意味するcaputが語源である。ヒツジは富を生み、資本や投資家を誕生させ、世界初の銀行を作った立役者でもあるのだ。

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